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英語論文工房番外編 論文とは何か

written by  Naohito Okude  on  05-12-2010  at  06 am
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英語論文工房番外編

2010年5月11日

今回はメンバーがそろわなかったので番外編。次回から3回続けて英語の文章の作り方のエクササイズをする。三浦順治『ネイティブ並の「英語の書き方」が分かる本』を忘れないように。第1章は読んでおくこと。第2章センテンス、第3章パラグラフ、第4章文章の順番で演習問題を解きながら進めていく。

論文とは何か

さて、論文とはなにか、ということがわからないと論文は書けないのだが、以外とこれを意識していない。見よう見まねでそれっぽく書くのだが論文にはお約束があって、それを守らないといけない。論理的な文章が論文だと漠然と思ってはいないだろうか。そうではない。論文とは読み手に自分の説を納得してもあるために修辞学の方法を駆使して書く文章のことである。なので学術論文とビジネスの企画書は同じものといって良い。

形としては、アブストラクト、イントロダクション、方法論の紹介、結果の報告、議論・結論とう部分からなる。ここもしっかりと出来ていない論文が多いが、良い論文をみれば見よう見まねで分かることでもある。だが、意外に見落としているのが、論文では物事をはっきりと主張してはいけない、ということだ。それはデータに対してと理論に対しての両方である。

その1:データに対しての解釈をはっきりと主張しない。

これはどういう事かというと、僕は次のようなことを主張したいが、それはひょっとしたら間違っているかもしれない。でも次のような方法で次のようなモノを作り、いろいろな人にきいてみたところ、どうもこれでいいみたいだと思ったので、ちょっとこの話をしてみた。もちろん間違っていたらいつでも意見を変えるからおしえてね、みたいな感じのニュアンスで書くのだ。「XだからYだ」、とか「XはYを引き起こしたと思われる」とか「XはYであるという仮説は証明された」と書いてはいけないのだ。

したがって、次のような言葉を自分の引き出しに入れておかなくてはいけない。

This seems to indicate
They appear to show
This could mean that
Thus, the data may be
Thus, it is likely that
Thus, it is possible that
They imply that
This has been implicated in
This argues strongly for
The result was probably not due to
The apparent difference between
The reported action of

(Bloom et al. Ph.D. Process p.155 からすこし修正して引用)

またデータを解釈しすぎてはいけない。またデーターからあまり大胆な仮説を作ってもいけない。またデータから判断するとAがBを制御していると書いてはいけなくて、データからするとAはBの制御に貢献しているようだ。と書く。

その2:人の学説に対して強く批判しない

日本の大学院生の多くは学説を巡って戦うのが論文だと思っている。実際僕もそうだった。でアメリカに行って課題のレポートを指導教授に出した。学説を巡ってで、ある有名な論を否定するべくいろいろと調べて書いた。すると指導教授は、論文では悪口は書かないのだ、と言ったのが衝撃的だった。相手の議論を尊敬して相手の言っていることを言っているとおりにパラフレーズするのだという。なかなか理解できなかった。

だが、それが学問なのだ。文体という視点で良い英語論文を読んで欲しい。びっくりすると思う。

自分と違う説に対して論破する相手として扱うのではなくて、別の見方、alternativeとして扱う。本質的なところに関係する場合を除いて、直接否定しようとしてはいけない。とにかく下手に書く。次のような文章になる。

Although this is the only area of denitrification that we observed, the possibility exists that some other, as yet unexplored, aquifer in the region is also so affected.

とか

Another possibility is that some unidentified aspect of the testing arena is responsible for the effect.

とか

Although unlikely, it is possible that the presence of polycyclic aromatic hydrocarbons results from processes other that  biological.

(Bloom et al. Ph.D. Process p.156)

という感じになる。例文は理系の勉強指南書からの引用であるが、論文すべて一緒である。

論文は論理的でなくてはならない。でもこれはそれほど難しい話ではない。文章はStatementであり、それは真と偽が論理的に判定されなくてはならない。で、論理的に真な文章が証拠と関連付けられる。この作業の繰り返しだ。証拠には1次資料2次資料がある。2次資料は人がまとめたもの。これは自分の論を立てるときには使って構わないが、1次資料をつかった説明だけがオリジナルなものとされる。まあこのあたりは科学哲学的に難しい問題もあるので、これは博士論文工房で説明するとして、このくらいのレベルでお約束を覚えよう。

さて、こんなに「謙虚」に書いて論文になるのか、と思うだろう。もっと正面切ってあいてをたたきのめす必要があるのでは、と言うわけだ。ディベートという奇妙な方法が日本の英語教育に導入されているためなのか、白黒を付けたがるがそういった文章は論文ではないのだ。もっとだらだらしている。真実なんてわからない、ということをふまえて、少しずつ進めていくのが現代的な論文なのだ。

その3:説得の修辞学を駆使する

もちろん論文は自分の説を相手に正しいと納得させるために書く。したがって謙虚に書いていて自分の説が通らなくては負けである。謙虚には訳がある。これは修辞学の方法なのだ

自分と関係していて、自分とは違う説をどのように否定するか?正面攻撃をしては真偽をあらそう議論になり、そもそも真偽の議論は決着が付かない、というのが論理学の教えるところでもある。とするとどうするか。相手の言っているとおりに、論理も証拠もつかってパラフレーズをする。正確にパラフレーズして、何故そうなのですか(Why)、どうやるのですか(How)を一つ一つ問いかけていく。すると結果として矛盾とか問題点が出てくる。

この方法で読み手の態度を変えていく。つまり論文の目的は読み手の態度(attitude)を変えて、自分の説で説得するところにあって、真偽を論じて真を主張して認めてもらうことではないのだ。真を主張しても人は説得されない。その先が論文には必要だ。では読み手の態度とはなにか?

態度とは価値観とか期待である。赤木昭夫氏が『説得力』のなかで、アメリカの修辞学者Lloyd Bitzerthe Rhetorical Situationの考えを紹介している。問題があって答えがあるのが論文ではなくて、説得が求められるsituationに対する対応が論文となるのである。

説得が求められる状況は、
1)読み手
2)読み手が解決を求める問題
3)問題に絡む制約・困難
の3つである。

つまり読み手が抱える問題を明らかにする。読み手が求めている問題を探す。それが問題であるのは、回答を妨げる制約や困難があるからで、それを解決する道筋をしめし、読み手にそのような解決の道筋をとることを納得させる。

さて、この方法は演劇のやり方、つまりドラマツルギーである。説得とは演劇の方法をまねたものと言われている。

解決策はどのようなものか?それは2種類であるといわれている。一つは正解を示し、その妥当性を証拠で提示する。読み手が自分で正解を導き出すように誘導する。これが普通の論文だ。しかし、良い論文はほとんど読み手の思いこみとは違うところで自説を確立して、それを読み手に納得させようとするものだ。つまり読み手の思いこみが強固であるがそれを破棄させないと説得が出来ない場合である。

相手の思いこみは歴史、人間性(意見や性格やイデオロギー)、世間がみとめる価値・信条など社会的な問題などがある。ここを論破するには相手を論理的な矛盾に追い込み、立ち往生させるしかないのだ。
赤木昭夫『説得力』p176-181)

このように強烈な議論をするために、正面突破をしては効果はない。非難しても、相手は動じないのが普通だ。なので論文では断定とか主張はしない。相手を答えに詰まってどうしようもないところに追い込んでから相手に自説を捨てさせる。態度を変えさせるのだ。この方法を使って書くのが argumentative writingすなわち論文なのである。つまり、追い込むためには謙虚に丁寧に相手の話を聞いて分析して矛盾点を明らかにしなくてはいけない。これがreviewと言われる作業なのだ。

ここにいくまでに手前で説明文expository writingを覚えなくてはいけない。次回はここに戻る。


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